今日のトピックスは、体験的リーダー論。ジョブズ氏が「いまは無理でも、これがこうなれば、必ずこういうものができるようになる」と常に技術の進歩を横にらみしながら未完の製品プランを温めていた」というくだりを興味深く読ませて戴きました。「温故知新」のビジョンを設定するというのも参考になりました。以下、平成23年10月26日付日経産業新聞からの引用です。
『キャノン電子・酒巻社長
「変化の時代」といわれる昨今、人は「こういう時代は対応が難しい」などと、つい経営などの舵取りの難しさに予防線を張りがちである。
しかし、経営者や部門長といったリーダーにとっては、それは甘えではないかと思う。変化には必ずイノベーションの機会が隠れている。イノベーションは技術革新だけでなく、生産、販売、流通などあらゆる革新的なものを含む。「変化はチャンス」との気構えがあるリーダーは、そうしたすべての機会を利用し、突破ロとする。
ただ、実際にそうするのは容易ではない。変化を好機とするには具体的にはどうすればいいのだろう。一つのヒントは「温故知新」にある。
それを雄弁に語るのは、スティブ・ジョブズ氏の成功だ。56歳の若さで亡くなったこの稀代の天才は、高機能携帯電話「iPhone」多機能携帯端末「iPad」など歴史的な新製品を次々にヒットさせた。
しかし、それらはほとんど既存の古い技術の組み合せで、ジョブズ氏自身が何かしら画期的な新技術を開発したわけではない。20~30年遡れば、その多くは誰かの手になる技術にたどりつく。私がキャノンで手がけたNAVIというパソコンの技術(タッチパネル)も使われている。
時代とともに技術は進歩する。ディスプレーは液晶になり、メモリーも高速・大容量で安価になった。20~30年前では到底不可能だったことが可能になった。
ジョブズ氏がiPadを構想したのは25年も前のことのようだ。彼の凄いところは「いまは無理でも、これがこうなれば、必ずこういうものができるようになる」と常に技術の進歩を横にらみしながら未完の製品プランを温め続けていたことである。
世の中を変えるような革新的な製品は、ジョブズ氏の例を見てもわかるように実は古い技術の組み合わせ、既知の技術の再利用であることが多い。過去の技術が、未来の技術予測をする際にも有意義になる。
ジョブズ氏が会議で部下と話すのをみたこともあるが、部下にとっては、口うるさく、付き合いにくいリーダーのようにみえた。それでも結局付いていく部下が多かったのは、ジョブズ氏自身のビジョンが「温故知新」で、基本線は長い間一貫していたからだろう。
生産技術というのも、経験的におおよそ30年周期で先祖返りする。だから30年後の生産技術を予測するなら、30年前の技術と理論を見ればいい。
キャノンで生産部門を任されたとき、「これからはベルトコンベアではなくセル生産(1~数人の作業員が部品の取り付けから組み立て、加工、検査までの全工程を担当する生産方式)がいいのではないか」提案したら、これが通った。
それでも全自動機の技術は残した。「30年後にはきっとベルトコンベアに戻る。セル生産に特化して全自動機の技術者を全部排除すれば、ベルトコンベアに戻ったとき技術者がいなくて困る」、そう思ったからだ。セル生産を始めて15年ほどになるが、経験則通り、いまはまた全自動に戻りつつある。技術者を温存したのは大正解だった。
未来の予測は難しい。でも過去は誰でも見られる。30年前をつぶさに検証し、そこから学ぶことができれば、30年後の流れはある程度読める。
温故知新の発想は、地域産業の再生、復興などを考慮する上でも有効な視座、視点を与えてくれる。「変化の時代」を恐れないためにも、リーダーが過去に学ぶべきものはたくさんある。』